Lab Report 002

Lab Report 002

三人称視点VRライブシステムを利用した

動的なアクティビティにおける

アンケート解析結果

リリース日 2018/12/17

報告者 浅子雄一郎 七沢智樹

概要

本稿では、「三人称視点VRライブシステム」(特許出願中)を利用した動的なアクティビティにおいて、このVRシステムが使用者に対してどのような変化を及ぼすかについて観察した結果を報告する。

「三人称視点VRライブシステム」とは、こちらにあるように、VRカメラの中継(またはプレビュー)映像を見て、第三者視点で自分を観察しながら行うアクディビティで、今回紹介する、ゴール地点まで自分を移動させるアクティビティなど、さまざまなアクティビティが考えられる。

そのアクティビティを通して、この図のように様々な階層の自己を認識することで、意識に変容をもたらすことを目的に行われる。

この動的アクティビティを通した実験は、2018年9月5日~12月6日に社内モニターと一般の方々を対象に行われた。

尚、本稿で報告するものは、次稿以降で提示する別の動的アクティビティや静的アクティビティを通して得られたアンケート結果とも比較検証し、人のパフォーマンスが最大化する「ゾーン」との関連性について論述、「三人称視点VRライブシステム」が、人のパフォーマンス向上に寄与することについて明らかにすることを目的とする。

1. はじめに

実験では、360度撮影カメラのプレビュー機能を使い、撮影カメラがVR使用者の背後や周囲から使用者自身の姿をライブ撮影する「三人称視点VRライブシステム」を採用。普段は体験することのない、他者の客観的な視点からリアルタイムで自身を見ている映像をヘッドセットで見ながら、椅子に座ることをゴールとした迷路形式のアトラクション環境を設定した。

この環境において、VR使用者自身の動きをともなう実験を「動的アクティビティ」として、このアクティビティに参加した被験者からアンケートを得た。

実験とアンケートを実施した対象は、弊社社内で行ったモニター実験と、2018年11月10日と11日に開催された、株式会社ファーストペンギン(※)主催の「VR合宿」にて、同様のアクティビティを通して一般の方々から得られたものである。

図1解析データ情報

図2 動的アクティビティ概念図と実際の様子(neten Technology Conference 2018)

※ 東京都渋谷区代々木1丁目35−4に所在。ASP事業、広告事業、コンテンツプロデュース事業などを手がける。

2. 動的アクティビティにおけるアンケート解析

2.1. 視覚の優位性


Report0011(※1)では、「私たちの意識はVR(アナログVR)である」ことを明らかにし、VR技術(デジタルVR)による認知革命の根拠(※2)と、その可能性について言及した。VRが人に大きな影響を与える根拠は、このような「意識とは何か」という問への解答以外に、人の感覚器官(五感)にも同様に求めることができる。

『心理学総合事典』では、「ヒトの知覚においては、情報量が多くその信頼性も高いという理由から、視覚モダリティ(様相)が他のモダリティに対して優位となる場合が多いといわれている。」(※3)とあり、人間の五感のうち、一般に視覚は最も多くの知覚的割合を占めている。

その具体的な割合は、「視覚 83.0%、聴覚 11.0%、臭覚 3.5%、触覚 1.5%、味覚1.0%」(※4)といわれている。人は「意識」のほかに、このような「視覚の優位性」を有する存在であり、VRはヘッドセットの映像を見る者の「意識」と「視覚」を通して影響を与えるものとして整理される。

図3 五感における知覚の優位性

(※1)「三人称視点VR技術と認知革命」https://vr.neten.jp/report
(※2)「そもそも人間が捉えている世界と思っているものは、実は人間の感覚器を介し、かつ人間の認識機構のアプリオリな仕組みにより認識され、脳に投影された物自体の写像にすぎないということができる。その見方に立つならば、人間の認識する世界はこれも人間の感覚器による一種のバーチャルな世界であると極論することさえできる。」(『バーチャルリアリティ学』コロナ社 2010)
(※3)佐藤達哉〔ほか〕編 海保博之監修 朝倉書店 2006 p185-187「8.5.3 視覚優位」
(※4)『産業教育機器システム便覧』教育機器編集委員会編 日科技連出版社 1972. p4「図1.2 五感による知覚の割合」

2.2. 社内におけるアンケートデータ解析


まず、社内で行ったモニターアンケートの解析結果から提示する。

この一連のアクティビティを終えたあとに回答を得たアンケートからは、次のような感想群と割合が抽出された。

図4 社内でVRを使用しておこなった動的アクティビティ参加者のコメント内訳

図4における「適応や理解に時間を要した」という値の大きさは、図3に表した「視覚優位」という人間の知覚の特徴を裏付けるものといえよう。普段、外界から得る情報源としてその大部分を視覚に頼っているために、VRによって視覚情報が変化するだけで行動に根本的な影響を及ぼし、認知や認識の機構は真っ先にその変更を迫られる。

また、「自分の姿を見て、こう動くとこう進む、視点がいつもの感覚と違うので、どちらに動くか自分の姿で細かく確認しながら行きました。」という回答に見られるように、その認識の変更手続きも、ほとんどの場合ヘッドセットの外に対する知覚によってではなく、ヘッドセット内の映像で動く自身の動き方からフィードバックを得る形で行われていた点も、五感における視覚の優位性を象徴しているといえるだろう。

同時に、VRとは、人の感覚器官のうち最も大きな8割を占める部分に対するアプローチとして、VRが人の認識や行動に与える影響力があらためて整理される。


このうち、上位の「適応や理解に時間を要した」「楽しかった(面白かった)」「気づきがあった」(合計71.4%)について、それらの具体的な内容について見ていくと、VR体験がもたらすものとして、いくつかの特徴的な要素を観察することができる。

まず、今回の被験者の回答のうち「初体験(未体験)の感覚」として感想を記述していた値は、実に100%であった。(図3)

図5「初体験(未体験)の感覚」として今回の体験を振り返っていた割合

つまり、「初体験(未体験)」であったからこそ、「適応や理解に時間を要した」のであり、「楽しかった(面白かった)」「気づきがあった」という回答につがなっているという予測を容易に立てることができる。また、それは「知っている(予想通り)」の感覚ではないことから、これまでの経験がまったく役に立たないという状況であり、それにより、被験者は「今ここ」というものに集中せざるを得ないこととなる。

動的なVRの使用は、このような「今ここ」への「集中」をもたらすものとして、ひとつ特徴づけることができよう。

また、「初体験」「適応に時間」「楽しい」「気づき」についての回答を精査していくと、「なんとなくは知っていたが、いざ体験してみるとまったく違った」といった、下記のような回答が目立つことがわかる。


●「客観視という言葉は頻繁に使われますが、客観視がどういうものか?ということが、体感としてわかるのはすごい!と感動です。」


●「俯瞰する、ということは理解しているが、実際の立体的な空間で体験するとまた違う形で理解が深まった。」


●「私自身、普段からVR的な視点で対象を捉えたり、自分を多角度から見るということをしていますが、今回のようなカメラのレンズを通して自分を認知する体験は、それとは異なっていました。ゴーグルを付けているわけですので、『見えている』のですがその見え方は「別次元」と言いますか、他者(カメラ)で写された『他者感覚』であり、それを自分の中の『新感覚』として取り入れるわけです。」


このように、「客観視」「俯瞰」「他人称」についての認識や理解が、新鮮な体感とともに深まっている様子が観察できる。これもまた、‟三人称視点中継”の大きな特徴といえるだろう。

それは、自分の視点がいわば物理的に移動し、その視点で自分を捉えるからであると考えられるが、このことは、「想像上での客観」と「実際の客観」には確かな乖離があり、同時に、想像というものの曖昧性を浮かび上がらせる。

つまり、前述の視覚の優位性からも、「客観視」をはじめとした認知機能(またはスキル)というものを獲得したいと思うとき、それを頭だけでイメージするよりも、VRのような映像として物理的な「視覚」を伴わせることで、獲得の効率と効果がより上がるものと考えられる。


その他、注目に値する回答として、次のようなものも明記しておきたい。


●「ゴーグルを付けるということは、ある意味で本来の視覚を閉ざすということですので、ゴーグルを付けているあいだに聴覚、触覚、味覚、嗅覚が敏感になってくるとも考えられます。」


●「森の中に迷い込んだようで五感をフルに稼動させなければ目的地にたどり着けない。そんな感覚を味わいました。」


●「距離感を把握する感覚等を遮断されるので、空間把握や環境把握など、色々と自分に紐づけて感じているんだな、とも思いました。」


●「情報を封じられることで不快的領域を超えることができる。」


前述の「視覚の優位性」がある中で、VR映像の中でも視覚を頼りに認識の修正をはかっていながら、実際的な感覚としては、「視覚が遮断された」「情報を封じられた」という感覚を引き起こしていたことが分かった。これは、図4の「適応や理解に時間を要した」ひとつの原因になっていたとも考えられるが、視覚情報がVRに置き換わったことで、人の認識として「視覚の優位性が奪われた」ことを捉えていながら、なおも意識はVRの映像から自身の動きのフィードバックを得ようとしていた格好になる。


この現象については、いわば視覚に頼る「癖」が、VRの映像を見ている中でも慣性の法則のようにして働いていたとも考えられるが、実際の感覚としては前述のように、「視覚(情報)が遮断されている」という感覚のほうが自覚されている。したがって、「ゴーグルを付けているあいだに聴覚、触覚、味覚、嗅覚が敏感になってくるとも考えられます。」「五感をフルに稼動させなければ目的地にたどり着けない。」というコメントにもあるように、情報を遮断されたと判断した脳は、自然と「情報」を集めようと働くことが考えられる。

それも、脳にとっては、未知の状況における危険回避を目的とした状況分析が最優先される環境であると考えられるため、その「情報」は過去から引き出そうとするより、必然的に「今ここ」において、「客観的に」探索されるだろう。

つまり、今回のVR中継における「客観視」の体験の深まりとは、単に視点が物理的に普段の自分から離れて自分を捉えたことによるものだけでなく、「情報が遮断」されることによって(脳が情報を集めようと「今ここ」における様々な状況判断に)動き出すことによる「客観」というものも、同時に発動されていたという推測ができる。

したがって、三人称視点VRシステムによって得られる「客観」とは、VRによる物理的な視点の移動と、「情報が遮断された」と感じることによる脳の情報収集に由来しているという仮説が立つ。


また、今回の実験では、「私」というものの曖昧性についても指摘できよう。

それは、次のようなコメントに端的に表れている。


●「自分の感覚と他人視点、どちらも『私』 になっていたように思います。」


知覚の優位性を占めていた部分がVRによってハックされるだけで、いとも簡単に「私」(と思っているもの)に変更が加えられてしまい、「適応や理解に時間を要する」。

さらに、脳は過去のデータよりも現在の状況分析(危険回避)を優先すると考えられるので、これらを総合すると、VRとは、いわば「私」という記憶(過去のデータの蓄積)を一時的にゼロ化、または超越することを可能にするものであるともいえるだろう。

VRが暴く「私」の曖昧性とは、「私」や「私の世界」といったものもまた、VRのような「何か」に投影されたものであることを示唆し、最終的にVRがもたらす「客観」とは、そういった、「私」というものの本質に迫る種のものであることを予感させる。

2.3. VR合宿におけるアンケートデータ解析


つぎに、2.1.とまったく同様のアクティビティとして、2018年11月に行われたVR合宿でのアンケートデータを解析することで、2.1.のデータの検証を試みる。

アクティビティを終えた合宿の参加者から得たアンケートでは、次のような感想群と割合が抽出された。

図6VR合宿でVRを使用して行った動的アクティビティ参加者のコメント内訳

社内モニターデータと同じく、上位には「適応や理解に時間を要した」「楽しかった(面白かった)」「気づきがあった」が占めた。図4と比較すると、「気づきがあった」値が伸びているが、これは合宿参加者の学びの意識や姿勢が反映されたものと考えられる。

また、「適応や理解に時間を要した」という値の大きさも、2.2.同様に「視覚優位」という人間の知覚の特徴を表す結果となった。

被験者の回答のうち「初体験(未体験)の感覚」として感想を記述していた値についても、2.2.(図5)と同様に100%であった。この結果は、あらためて、これらの体験がVR技術があって初めて得られたものであることを示唆しており、VRが日常では得られない体験と視野を使用者に提供するものとして、その利用価値を評価することができる。

図7「初体験(未体験)の感覚」として今回の体験を振り返っていた割合(VR合宿)

つづいて、2.2.における分析で得られた傾向と同様な特徴を示すと考えられるコメントを、以下に提示する。


●「カメラと自分と目的地を客観的に頭に描いてどうしたら早く行けるか考えて実感するのが大変面白かったです。」


2.2.において、「客観」についての体感や理解が深まった理由として、視点がカメラの位置に来ることによる「視点の物理的な移動」という要素があったが、「カメラと自分と目的地を客観的に頭に描いて」という視点は、さらにこれらの上の視点から客観視していることを示している。

このことは、視点を物理的に移動することによって、その視点をさらに上げていくことが可能になることを示唆している。また、初めての体験であり、過去のデータが参照できない状況であることや、情報を遮断されたと感じることによって、「今ここ」で情報を収集しようと脳が働いていた姿としても解釈することができる。

そのようなVR特有の認識手順になることで、次のように、やはり「客観」についての理解や認識を新たにしている様子が観察された。


●「とても面白かったです。自分を俯瞰するということがビジュアル化できました。」


●「自分が常に自分視点のみなのがよく分かり、冷静に全体を見る、自分を客観的に見る事で、全然違うなと感じ、その体感も後々活きてきそうな気がしてます。」


●「自分を客観視することは、動画の自分を見るのとはまた違い、面白かった。」


合宿のアンケートでは、「私」というものの曖昧性や、VRがそれによって「私(自己)」を超越することを容易にすることに加えて、それらがもたらす気づきやメリットについても、次のようなコメントとして見られた。


●「コントロールを手離して、完全に見守ると動きやすくなりました。我がなくなる体験が面白かったです。」


●「自分がどれほど「この私」という意識にとらわれ、とらえられているかが痛切に分かりました。日常でずっと感じ続けている「囚われ」は、まさに親や環境からではなく、「この私」そのものであることも。」


本項で提示したコメントを総合することで、VRによって、「私(我)」から見た「客観」ではなく、「私(我)」というものを超えた視点からの「客観」が可能になっている、ということが明確に観察できる。

3. 動的アクティビティアンケート解析のまとめ

「三人称視点VRライブシステム」による迷路形式のアクティビティを体験した、社内及び一般の被験者から得られたアンケート結果を総合すると、このシステムが体験者にもたらすものを次のような仮説として整理することができる。


・VRは人間の「視覚の優位性」を通して、VRの映像を観る者の認識や行動に根本的な影響を与える。


・VRの映像が「三人称視点」となるとき、その映像を観ることによる「三人称(客観)」の体験も、根本的なもの(それまでの認識の範疇を超えた、あるいはそれより深まった理解、または自己超越を促す契機)となり、それは、次のA~Eような三人称視点VRライブシステムの特徴的な要素からもたらされると考えられる。


A.状況分析(危険回避)を優先する状況によって、「今ここ」への「集中」をもたらす。

B.状況分析(危険回避)を優先する状況によって、「今ここ」で情報を収集する。

C.情報が遮断されたと感じることによって、「客観的に」情報を収集する。

D.視点が物理的に移動したことによって、その視点からの「客観的な」情報を得る。

E.映像として視覚的に捉えることによって、「客観」が視覚化される。


次回以降に詳細な考察を行う。