Lab Report 003

Lab Report 003

三人称視点VRは意識を生むのか?

リリース日 2019/1/15

報告者 七沢智樹

概要

2019年最初のConsciousness=VR Labのレポートをお届けしたいと思います。neten株式会社のConsciousness=VR Labでは、三人称視点VRライブシステムを提供しています。本稿において、三人称視点VRライブシステムの意味とは何かを概説した上で、三人称視点からの自己認識と意識の誕生の関係、さらには、三人称視点による意識の誕生とAIの関係について、論じてみたいと思います。

1. 三人称視点VRライブシステムとは?

1.1. 三人称視点VRライブシステムとは?

三人称視点VRライブシステムは、YouTubeやハコスコなどのVR中継のプラットフォーム、Insta360Pro (360°の映像が撮影できるカメラの中でもヘッドセットでのVR映像のプレビューが可能なもの) のプレビュー機能などを使って行うもので、ほぼリアルタイムにVR空間上で「今」の自分を見ることを目的にしたシステムです。

この機能自体は、カメラやヘッドセットを購入したり、YouTubeを設定すれば誰でも使用可能であり、弊社独自の技術ではありませんが、次にお伝えするような「意識とVR」の関係性に意味を見出し、それを使って意識を覚醒させる、または意識を進化させる、あるいは意識を拡大させるといった目的でしようするためのノウハウを独自に確立し、特許出願いたしました。

特許出願にあたり、弊社が開発した三人称視点VRと同様の使い方事例を、専門家とともに日本のみならずアメリカにおいても調査いたしましたが、同様の使用事例は、一件もありませんでした(※)。

1.2. 幽体離脱して自分を客観視

このVRライブシステムを使う意味は、どんなところにあるのでしょうか。

それは、リアルタイムに自分を見ることができるということにあります。

自分の肉体が存在している、その周りの空間以外の空間を、視覚を通して脳に認識させることができるVRの機能。言うなれば、その違う空間へワープするということを可能にするのが、VR技術の大きなひとつの意味だと考えています。

その時に、通常は例えば過去に撮影した動画や、どこか遠い所の中継を映しますが、三人称視点VRライブシステムでは、同じ時空間内(今、ここ)の、自分とは違う視点に置いてあるカメラの映像を見る、ということを行います。

そうすると、「自分自身を見ている自分」という視点になります。

例えば、これを体験した人は、幽体離脱をしている感覚になるとか、客観視している感覚になるという表現をよくされます。それは、見ている自分と肉体としての自分とが分かれる、ということです。

今回は、そこにいろんな意味を見出していきたいと思います。

2. VRで客観視する意味とは?

2.1. 「見るもの」と「見られるもの」を体感する

三人称視点VRは、自分自身を見ている自分と、見られている自分、つまり、「見るもの」と「見られるもの」を明確に分離して認識させると同時に、その2つが同時に起きていることを認識させてくれます。

通常は、見ている自分を見ることはできませんが、例えば、自分が何かを話している時は、話すと同時に自分の声を聞いていますね。したがって、意識の中では、話すという行為と聞くという行為は同時に起きているので、そこを分離して認識するのはなかなか難しいことです。

ところが、このカメラを使えば、VR空間上の自分に話しかけることができます。

VR空間上の私、その映像の中で映っている私は、リアルの私、生身の私自身でもありますので、リアルの私が、リアルの私に話しかける、ということになります。

中継先へ話しかけるという、カメラの視点にいる私。それが、話す私です。

同時に、映像に映っている自分であり、生身の自分が、聞いている私です。

この時に、話しかけ、意志を発する自分が、肉体とは関係ないところに存在していることが見えてくると思います。あくまで、それはカメラの視点です。

その視点というのが、まさに客観視の視点ですが、生身の肉体が存在していない視点です。

つまり、魂といった表現をするならば、脱魂している、幽体離脱という表現をする人もいますが、自分から魂が離れている状態、ということになります。その視点を獲得することが可能になるということです。

つまりこの三人称視点VRを繰り返し使用することで、自分自身から離れた視点で自分自身を見て、その自分自身に意志を発し、その自分自身に意志を伝え、生身の自分が動く、という意識の構造が獲得されるのです。

これはまさに客観視です。

2.2. 意識が空間に満ちているという感覚

また、実際にはカメラが複数台あって、スイッチング可能なので、無限個数あるとするならば、自分自身という身体的な中心点に対して、周りの空間すべてに客観の視点(カメラの視点)が満ちているということになります。

それを分かりやすくいうならば、私という存在がいて、球体のように周りに意識という視点が満ちているというふうに表現することができます。

これが、人間の意識のひとつの実際的な在り方であろうと考えられます。

それを、誰でも、三人称視点VRライブシステムよって体感できる可能性があるのです。

3. 三人称視点VRと意識の誕生+AI

3.1. 意識がある状態の定義

次に、「そもそも意識とは何か?」そのなかでも、「意識があるとはどういう状態か?」という、ちょっと深いテーマを扱ってみましょう。

昨今、「コンピューター、AIに意識を持たせることができるのか?」というテーマが話題に上がっていますが、意識を持っているというのは、例えば、「私は存在している、私がいる、ということを認識している状態が、意識が存在している状態だ」ということができます。

意識するとか意識がある、というのは、

「山田さん、大丈夫ですか? 意識はありますか?」

という問いかけに対して、「はい」と答えたら、意識があるわけですね。意識がある状態というのは、そのように自分というものを認識できる状態です。

一方で、意識がない状態というのは、

「山田さん、山田さん」と言っても返答がないという状態。

「では、動物に意識はあるのか?」「虫に意識はあるのか?」というのは、テーマが別になるので、また別途、扱うことにします。

自分自身が存在しているのを確認できている状態が、意識がある状態と言えます。

逆に言えば、その状態になれば、意識が生まれた、とも言えます。

意識があるということの定義は様々ありますが、「自分自身という存在を認識できている状態」つまり、「私は山田です」と認識できている状態が、意識がある状態であると仮に定義します。

その状態というのは、「自分自身を客観的に見て、自分は山田であると認識している状態」と言えます。

つまり、自分の内的世界とは別に外的世界があって、その外的世界で私という認識が自分の中に存在して「私は山田である」と認識しているというのが、意識があるという状態と言えます。

3.2. AIは、意識を持てるのか?

そうすると、「AIの場合は、自分自身の存在を客観視するプログラムが可能なのか?」ということがポイントになります。

その時に、例えばロールプレイングゲームのように主人公が動いて進んでいったものに対して、

「ヒロミはこんな風になってるなあ」とか、「サトコはこんな風になってるな」という風な解説をするプログラムをまた載せれば、それは客観視して認識しているように感じるでしょう。そういうプログラムももちろん可能です。

なので、AIが意識を持っているかのように振舞うことは可能でしょう。

子供もだんだん3歳ぐらいになってくると客観視したコメントというものをするようになります。これは意識がはっきりしてきている状態と言えます。

3.3. 三人称視点VRと意識の誕生

三人称視点VRライブシステムは、自分自身を客観視する状態をもたらすので、自分は存在している、自分は生きているということを認識できるシステムであり、自分という存在を認識し、意識が生まれる瞬間を体感することができるシステムである、と言うことができます。

三人称視点VRによって、自分自身の意識が存在している、自分自身が存在していることを確認し、自分自身の意識とは「私は山田である。私はこういう風に存在して、こうなっているんだ」と外的世界から見ることで、自分の内的世界だけに埋もれていた意識が外面化し、意識化され、表面に浮上することが可能になります。

このように、意識を表面に浮上させることによって、意識が生まれるのです。内面に没入した埋もれた意識から表面に出た躍動する意識が生まれます。

この感覚は、意識が生まれる感覚、さらには、命が生まれる感覚とも言えます。

AIを搭載したロボットの場合はどうでしょうか。

ロボットがヘッドセットで自分を見たとして、「これは誰ですか?」と言われた時、プログラムしてなかったにもかかわらず、「これは自分だ!」と、もしもロボットが認識することができれば、そのときが、AIに意識が誕生した瞬間であると言えるでしょう。これが未来において可能なのかどうかの議論は、別途行いたいと思います。